ギターを弾いて過ごした私の青春の4年間

大学に入学してから軽音サークルに入り、エレキギターを始めました。
元々音楽が好きだったのでギターに興味があったのですが、周りに一緒に頑張れる仲間が居た方が良いと思い、サークル参加を決意しました。
初心者で始めた私は周りに比べてとても下手で、バンドを組んでも技術的にできないことの方が多く、メンバーに迷惑ばかりかけていました。

 

しかし、音楽が好き、ギターが好きという気持ちはとても強く、「大好きなあのバンドのあの曲が弾けるようになりたい!」「この曲のギターとベースの掛け合いがかっこいいからやってみたい!」と、夢中になってギターを触り、気づけば数時間経っているというようなことも良くありました。
学生であり学業が本業な身でありがながら、ギターにばかり夢中になり、授業にも出ずにスタジオに籠る日も多くありました。
はじめは好きなバンドの曲が弾けるだけで嬉しかったのですが、私は段々エレキギターの音作りというものに興味を持ち始めました。

 

アンプの設定やエフェクターの種類など、何をどう組み合わせるとどんな音が出るのか、この音作りはどのような曲に合うのか、このフレーズはこの音で弾いた方が気持ちいいかな?など、拘り始めたらきりがなく、どんどん深みにハマっていきました。
演奏スキルもそうですが、ライブで演奏した時に「ギターの音良かったね」と言ってもらえるのが本当に嬉しく、難しい奏法はできなくても、良い音で演奏しよう。
というのが私のモットーでした。

 

そのように大学4年間をバンドとギターに費やし、卒業する3月までサークルは続け、卒業ライブで私の青春の4年間は幕を閉じました。
働くようになった今でも、たまにサークルの同期と集まってスタジオに入ったり、学生の時のように居酒屋でお酒を飲みながら音楽について熱く語ることもあります。
この4年間で経験したことは、一生の思い出になると思っています。
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女の子の習い事の定番といえば、ピアノ。
小学校の同級生の女の子の半分は習っていました。
そして、家にはピアノがありました。

 

一方、私はというとピアノを習っていない女の子。
三姉妹の末っ子で、「ピアノが習いたい」というと「月謝が高いからダメ!」と言われ、悲しい想いをしました。
友達の家に遊びに行くと、ピアノがあります。

 

バイエルというピアノのレッスンの本があります。
「新しいバイエルなんだ〜」という友達の自慢を聞き流し、帰り道に舌うちしながら帰る始末。
「そんな自慢聞きたくないわい!」と言いたいけど言えない。

 

でも、そんな私を見て、父がキーボードを買ってくれました。
光る鍵盤を追っていくと曲が弾けるようになっているやつです。
もうそれはうれしくて、毎日弾いていました。

 

でも、大人となり、母親になって、あのキーボードは父が無理して買ってくれたのだとわかります。
裕福な家ではなかったし、その頃最新のキーボードでしたから。
私がつらい想いをしなくてもいいように。

 

ピアノは習わなかったけど、私が「父の愛」を受け取った思い出です。

 

 

 

私がピアノを始めた時期は4歳の時です。
幼稚園の先生がピアノを弾く姿を見て憧れを抱き始めたのがきっかけです。
ピアノを始めた当時は音符も読めない状態からのスタートでしたが鍵盤に触れるのが楽しくて毎週楽しく通っていました。

 

その後、小学校に入学してからも私は音符を読むことができませんでした。
先生が弾くお手本をレッスン中に耳で覚えて家で記憶を頼りに練習する日々が続きました。
しかし、ある日突然音符が読めるようになったのです。

 

小学校3年生、音楽の時間でした。
あれだけ音符がわからなかったのにスラスラと読めるようになったのです。
4歳から習っているにしてはかなりの遅咲きでしたが、それからピアノがもっと楽しくなりました。

 

その後もピアノを続け、私は自分にとって最も思い出深い出来事に遭遇します。
中学時代の合唱コンクールです。
正直、私は人前で演奏できるほどの実力がありませんでした。

 

合唱の伴奏をするには、楽譜を見てすぐに弾ける程の実力が必要だったからです。
しかし、伴奏を奏でる先輩に憧れ、私も伴奏者のテストを受けてみることにしたのです。
他の子よりも多く練習しないと追いつけない。

 

そんな気持ちで必死に練習に打ち込みました。
その結果、見事伴奏者に選ばれることができました。
ピアノは私に努力するという忍耐力を与えてくれたかけがえのない存在です。

 

諦めなければできる。
そんな気持ちを教えてくれました。
大人になった今、娘がピアノを触り、嬉しそうな姿を見るとピアノを始めた頃を思い出し、とても懐かしく感じます。

なぜ両親にピアノ教室に通わせて欲しいといったのかはハッキリと覚えていないのですが、保育園に通っていた時に私の希望で姉と一緒に通っていました。
ピアノ教室は家のすごく近くにあり、姉と徒歩で一緒に通っていました。
ピアノをひく順番はいつも先生、姉、先生、私という順番でした。

 

まず、先生がお手本を見せてくれます。
子供ながらに先生のピアノの音色は非常に心地良かったのを憶えています。
次に、姉です。

 

先生がやったお手本通りに姉がピアノ演奏を始めます。
姉と私は歳が離れているので、姉が演奏した曲と違う曲を私は演奏します。
ですので、ピアノの先生はもう一度私の為に演奏してくれるのですが。

 

 

先生の演奏が始まると毎回ウトウトしてしまうのです。
ピアノ教室はとても好きでしたし、先生も大好きだったのですがなぜかウトウト。
時間がたつのは早いものでそれから30年近く経ちました。

 

私にも娘ができて、娘にもピアノを習わせています。
たまに娘をレッスンに連れていくのですが、やっぱりピアノの音色はとても心地よくリラックスできます。
さすがにウトウトはしませんが。

 

今でもピアノ教室はいい思い出です。

 

 

 

 

中学生の頃、吹奏楽部に入部してフルートを担当していました。
中学に入学してすぐの時はテニス部に入ろうと決めていたのですが、部活紹介での吹奏楽部の演奏を見た時に一番前で先輩がフルートを吹いている姿やフルートのソロパートを聞いて憧れを持ち、吹奏楽部に入部することにしたのでした。
しかし入部しても必ず希望の楽器担当になれるわけでもなく、オーディションを受けて先輩から合格をもらわなくてはなりませんでした。

 

フルートは人気があったので不安でしたが、オーディションの結果発表でフルートと決まった時はとても嬉しかったのを覚えています。
肺活量がなかった為最初は酸欠気味になったり、指が痛くなったりと慣れるまで苦労もありましたが、フルートを吹くのはとても楽しかったです。
毎日家に持ち帰って練習するほどでした。

 

こうした三年間の積み重ねが功を奏したのか部活引退前のソロコンテストでは金賞を取ることもできました。
中学卒業後は吹奏楽部に入ったりはしませんでしたが、どうしても吹きたくなってお小遣いで買ったフルートを趣味として続けています。

 

 

 

私は、小学校1年生のころからエレクトーンを始めました。
自分がやりたかったとかではなくて、親に習わされている感じでした。
まぁ、このころの記憶はそんなにないんですが嫌ではなかったと思います。

 

私がエレクトーンを習って楽しいと思い始めたのは小学校4年生のころです。
エレクトーンの発表会にでることになり、自分で好きな曲を選んでいいよって言われてわくわくしたのを覚えています。
選んだ曲は当時流行っていた、ブラックビスケットさんのタイミングという曲を選びました。

 

先生が楽譜を見つけてきてくれたのですが、予想以上に難しい楽譜で苦労したことを今でも覚えています。
しかし、私は毎日練習してなんとか弾けるようになりました。
そして、先生にフロッピーに音楽の伴奏や、音の切り替わるシステムみたいなものを作っていれてもらい、合わせて演奏しました。

 

結構、かっこいい感じに仕上がったので自分でも感動しました。
そして発表会で演奏しました。
とても緊張しましたがうまく弾くことができました。

 

そして、なんの賞かは忘れましたが、賞もいただきました。
とてもうれしくて、それからもっとエレクトーンが大好きになりました。